画像は公式サイト wheesung.com より。
※ご利用上の注意:個人の主観が入っていますので、公式の情報源もぜひご確認ください。
Realslow リアルスロー Wheesung フィソンは、韓国のR&B歌手。
数多くの作詞作曲、音楽プロデユースも手掛ける。
ミュージカルの主演俳優もつとめた。
基本情報
項目 | 内容 |
---|---|
芸名 | Real Slow (リアルスロー) 、휘성 (輝星 フィソン Wheesung) |
本名 | 최휘성 (崔輝晟 チェ・フィソン Choi Whee Sung) |
所属 | Realslow Company (リアルスローカンパニー) |
生年月日 | 1982年2月5日 |
血液型 | O型 |
出身 | ソウル特別市 |
身長 | 公称 172cm (ラジオで1センチしかサバ読んでいないと発言) |
体重 | 非公表() |
靴のサイズ | 26.5 |
家族 | 父(故人)、母、既婚の弟、本人はまだ独身 |
学歴 | 면목국민학교(面目小学校) 염창중학교(ヨムチャン中学) 마포고등학교(摩耗高校) 아현직업학교 음악반(アヒョン職業学校音楽科) 경희대학교 언론정보대학원 문화콘텐츠학 석사(慶熙大学校メディア情報大学院文化コンテンツ学修士) |
公式サイト
http://wheesung.com
https://realslow-company.com
公式ファンカフェ
https://cafe.naver.com/realslowfan
公式インスタグラム
会社
https://www.instagram.com/realslowcompany/
個人
https://www.instagram.com/wheesungnym/
公式Youtube
Realslow Company
https://www.youtube.com/channel/UCN_0cRYuDcN8pzwxNV4GoOw
Wheesung Realslow
https://www.youtube.com/channel/UCS9uMkZehofiwCx7WcvOIPA
Real Slow フィソンの経歴
- 1982年、ソウル市内で生まれる。
タクシー運転手の父と、内職で家計を支える母、弟との4人家族の非常に貧しい家庭に育つ。
子供の頃は平均より体が大きく、喧嘩も良くしたが、常に孤独感にさいなまれていた。 -
芸能界入りのきっかけ
中学校の時にダンスチームに所属したきっかけで、芸能界でバックダンサー活動をすることになる。
当時は80キロを超すほど太っていたが、壮絶なダイエットをして数か月20キロの減量。 -
バックダンサー
1997年~1999年(15歳~17歳)の頃、主にSMエンターテインメントの所属歌手のバックダンサーを務めた。 -
アイドルグループA4としてデビュー
17歳の頃、DRミュージックという所属事務所から4人組アイドルグループ『A4』でデビューするも、すぐに脱退。ルックスが原因だったと本人の談。
当時、歌はそれほど上手くはなかった。 -
アヒョン職業学校音楽科へ入校
同級生にはパク・ヒョシン、ファニがいた。
本格的に歌手になるために、一日8時間以上、練習室にこもるなどして猛特訓をはじめる。
また、金銭的に困窮し、深夜での居酒屋のバイト等をしながら、下水処理場や山の中などでも一人練習を積んでいた。 -
YGファミリーに所属
MAMEというバンドを結成し、『강변가요제에(川辺歌謡祭)』に出演したところが審査員の目にとまり、事務所『M-boat』と契約。
マネジメントを提携するYGが担当することになった。
歌唱力は磨かれ、ソ・テジやシン・スンフンに絶賛されるまでに至る。 -
アンデナヨでデビュー
2002年4月に、正規アルバム1集『Like a Movie』を発表。オリンピック公園で開催された、『ソテジワアイドゥル10周年記念コンサート』に出演、その時披露した『アンデナヨ』『Incomplete』などで爆発的な評判を得る。20歳の歌手フィソンがこのとき誕生した。 -
With Meで各賞を総なめ
続いて2003年に発売された2集『It’s real』のタイトル曲である、『With Me』が記録的なヒットを飛ばす。これまで韓国になかったミディアムテンポの都会的なR&Bで、フィソンジャンルといわれる音楽性を確立する。
その後、発売された3集、4集も、タイトル曲・後続曲立て続けに各音楽チャートで一位を獲得、人気を不動のものとする。 -
YG離脱
すべてが順調にいっていたように見えたが、フィソン自身は苦悩をしていた。あまりに若くして大成功をおさめてしまったからだ。
自分のやりたい音楽を追求するため、契約満了を経てYGを離れ、オレンジショックに所属。
バラエティに富んだ実験的な5集アルバムを発売する、タイトル曲『愛は美味しい』は一位を獲得するも、以前ほどの売り上げはなかった。 -
苦難の時期
プライベートでのスキャンダルや、事務所との方向性の相違などもあり、非常に辛い期間をすごしていた。
引退を考え、うつ病と不眠症に苦しみ、何度も自殺を図ろうとまでする。 -
Insomniaがヒット
2009年、クレイグ・デイビットが自らの曲のアジアバージョンをリリースする際、フィソンを指名。
これまでとは全く違ったフィソンの姿が大ヒットとなり、フィソンは気力を回復する。
NE-YOなどのプロデユーサー、ロドニー・ジェイキンスに評価されアメリカ進出を準備。 -
6集を出すも。。
アメリカ進出は立ち消え、渾身の6集『Vocolate』も、そのクオリティにも関わらずヒットしなかった。
フィソンは、「死ぬほど努力をして作ったアルバムより、軽く出したデジタルシングルがお金になる、韓国の商業音楽の実情では、正規アルバムを作ってももう意味がない」と、のちのラジオ出演時に語っており、事実現在に至るまで7集は実現していない。 -
長いブランクの後、『結婚まで考えた』で復活
声帯結節の手術で長期間活動を停止していたが、2010年『Realslow Is Back』という名前のミニアルバムで『結婚まで考えた』をリリース。一位にはならなかったものの爆発的ヒットとなり、Real Slowフィソンが復活。
フィソン独特の印象的な歌詞が男性カラオケの定番となる。 -
YMCエンターテインメントからカスムシリンイヤギを発表
所属事務所との方向性の違い、契約トラブルなど、悩みはつきなかった。テ・ジナ社長に相談したところ、すぐにYMCエンターテインメントへの所属がきまる。
そして2011年にリリースした『カスムシリンイヤギ』が発売後即時に一位を獲得、今だにモノマネのネタにされるなど、フィソンを最も代表する曲となっている。 -
軍入隊
2011年11月7日『やつらが来る』をリリース後、兵役により軍隊に入隊する。芸能兵士を拒絶し、自ら現役志願、論山訓練所にて陸軍調教として活動した。
除隊直前に薬物疑惑が報道されるが、事実無根であった。ただしその際に証人と連絡をとるためにした携帯電話の使用により、3日間の営巣行きとなり、除隊が3日遅れた。
2013年8月9日除隊。 -
ヒドゥン・シンガー現象
軍入隊前は、「除隊したら自身の活動はせず、プロデュース等をしていきたい」と語っていたが、除隊後すぐに各種イベントやバラエティ番組などの出演が決まる。
特に、2013年12月7日に放送されたJTBC『ヒドゥンシンガー』によって、フィソンの過去の曲までが音楽チャート100位内を埋め尽くす現象が生じた。
韓国では「昔からフィソンを知ってはいたけれど、この放送を見て、熱狂的なファンになった」という人が非常に多い。 -
BEST MAN でカムバック
2014年、ミニアルバム『THE BEST MAN』をリリース。1曲以外すべて幸せな歌である。身近な幸せを楽しむ、明るいフィソンのスタイルを披露。
もう叫ぶ歌は最後、としたタイトル曲『Night And Day』の音楽活動、バラエティ出演、イベント出演など、非常に多忙なスケジュールをこなす。 -
ミュージカルに挑戦
2014年8月、初のミュージカル『ゾロ』主演が発表された。
歌だけではなく、コミカルな演技や剣術アクションなどもこなし、俳優フィソンとしてもスタートを切った。 -
YMC離脱、変化するフィソンのスタート
コンサートやフィーチャリング曲などのリリースを積極的に行っている中、契約満了をもって2015年末でYMCエンターテインメントを離脱、個人での活動を開始する。YMC名義での最後のミニアルバムの名前は『Transformaton』
肩の力を抜いて挑んだ2度目のミュージカル『All Shook Up』のエルビスはフィソンのはまり役と好評を博した。 -
RealSlow Company設立
自由な立場において、自分のやりたい音楽を追求するため、独自レーベル『Realslow Company』を設立。
芸名をデビュー前の活動名『RealSlow』に変更、初心に立ち返り独自の黒人音楽を追求していくと報道。
Real Slow フィソンの主なヒット曲・代表曲
- 안되나요…(アンデナヨ = だめですか…)
- 전할 수 없는 이야기(チョナルッス オンヌン イヤギ = 伝えることができない話)
- With me
- 다시 만난 날 (タシマンナンナル 再び会った日)
- I am missing you
- 불치병 (プルチビョン = 不治の病)
- Good-bye luv
- 일년이면… (イルリョンイミョン = 一年なら…)
- 하늘을 걸어서…(ハヌルルコロソ = 空を歩いて…)
- 사랑은 맛있다♡ (サランウン マシッタ = 愛はおいしい♡)
- 살아서도 죽어서도… (サラソド チュゴソド = 生きても死んでも…)
- 별이지다.. (ピョリチダ = 星が堕ちる)
- INSOMNIA 불면증(プルミョンジュン = 不眠症)
- 주르륵 (ジュルルク=ざあざあと)
- 결혼까지 생각했어 (キョロンカジセンガケッソ = 結婚まで考えていた)
- 가슴 시린 이야기 (カスムシリンイヤギ = 胸が凍る話)
- 놈들이 온다 (奴らが来る)
- Night and Day
- Best Man
- 제껴 (ジェッキョ)
- Aroma
- 생각난다 (思い出す) ←最新曲
デビュー
2002年1集アルバム
デビュー曲
『안되나요 アンデナヨ(駄目ですか)』 2002年4月3日 [1集 Like A Movie]収録
デビュー舞台
2002年4月27日 ソテジと子供たち 10周年記念コンサート (서태지와 아이들 10주년 기념 콘서트)
ファンレターの宛先
※現在は、事務所が閉鎖され、ファンレターを送ることはできないそうです(2020年7月3日現在)
ファンレターの宛先はこちらをご覧ください
フィソン ファンレターの宛先
コンサート
2003年
- フィソン It’s real – movement
2004年
- フィソンIt’s Real MovementⅡ
- フィソン小劇場コンサート – Like his Diary
- ソウルトレイン(솔트레인)2004 – フィソン、ビックママ、セブン、コミ
- JTN LIVE CONCERT 4月 フィソン&コミ
2005年
- フィソン、コミ、セブン、ビッグママと一緒にする Good Friends Concert 2005 Jeju
- キム・ジャンフン、フィソン、フライ・トゥ・ザ・スカイ、エムトゥエムの 2005 思索童話コンサート
2006年
- フィソンコンサート – 中毒
- LOVE .. LOVE .. LOVE .. Wheesung Birthday
- ビッグ4コンサート – フィソン、SGワナビー、バイブ、シヤ – the Christmas star
2007年
- フィソン26th Happy Whee’s day
- フィソンコンサート <2007 WHEE SHOW>
- BIG4コンサート – フィソン、FTアイランド、エムトゥエム、SGワナビー
2008年
- フィソンバースデーパーティー – 27th Happy Whee」Day!
- JTN LIVE CONCERT 9月フ ィソン&MC THE MAX
- フィソンコンサート <2008 WHEE SHOW>
- 再びソウルコンサート – フィソン、パク・ヒョシン、コミ、ジョンヨプ
2009年
- フィソンコンサート – 「The Man」 in LGアートセンター
- 2009 The Soul “The Vocalist” – フィソン、キム・ボムス、ボビー・キム
2010年
- The Great Moment season1。ミュージシャンS-フィソン、リサン、チョンイン、イ・ヨンヒョン
- JTN LIVE CONCERT – 7月
- フィソンコンサート Real Slow is Back
- 2010 再びボーカリストコンサート – フィソン、コミ、ボビー・キム
2011年
- 2011 TWO MEN SHOW “SOUL TWINS” – フィソンXキム・テウ
2013年
- フィソン&コミ “Do It”コンサート全国ツアー
2014年
- JTN LIVE CONCERT(3月)
- 2014バレンタインドキドキKISSのコンサート
- 2014フィソン&エイリー 3月のSomeday」コンサート
- 2014フィソン&シン・ヨンジェ「4月のSomeday」コンサート
- JTBCヒドゥンシンガーコンサート
- THE VOICEコンサート – フィソン、キム・ボムス、シン・ヨンジェ、ユン・ジョンシン
- 2014フィソン全国ツアーコンサート「Whee Show 」
2015年
- Someday Festival 2015
- レジェンドコンサート – 光州
- フィソン&エイリー全国ツアー
- 2015ザ・プラザカウントダウンパーティー
2016年
- JTN LIVE CONCERT – フィソン、ラッキージェイ
- フィソン&ユン・ミンスコンサート(光州、釜山、大田)
- フィソンXケイウィル全国ツアー<ブロメンショ>
- 一年に一度はwithフィソン水原・城南コンサート
- voice ll manフィソン&ザイオンT 光州コンサート
- WHEESUNG CONCERT in TOKYO 2016
- フィソンxアリー コンサート 깐따레페스타(広州市 クリ)
- 2016 WHEESUNG LIVE CONCERT ONAIR 全国ツアー
2017年
- フィソンxキムテウ コンサート Voice II MEN
ミュージカル
- 2014年 ミュージカルZORRO – ゾロ&ディエゴ役
- 2015年ミュージカルZORRO – ゾロ&ディエゴ役
- 2016年 All Shook Up(オールシュクアップ) – エルビス役
受賞歴
2002年
- 第13回ソウル歌謡大賞新人賞
- 第10回韓国の人気芸能対象の新世代歌手
- 第17回ゴールデンディスク新人賞
- KMTV 2002 KOREAN MUSIC AWARDS新人賞
- MBC 10代歌手歌謡祭新人賞
- SBS歌謡大戦R&Bの部
2003年
- M.netミュージックビデオフェスティバル男ソロ部門
- 第18回ゴールデンディスク授賞式本賞
- KMTV 2003 KOREA MUSIC AWARDS今年の歌手賞
- ソウル歌謡大賞本賞
- SBS歌謡大戦本賞
- MBC 10代歌手歌謡祭本賞を受賞
2004年
- 第1回韓国大衆音楽今年の男歌手賞
- 第19回ゴールデンディスク授賞式本賞
- KBS歌謡大賞今年の歌手賞
- MBC 10代歌手歌謡祭本賞
- M.net KMミュージックビデオフェスティバルR&B部門
2005年
- M.net KMミュージックビデオフェスティバルR&B部門
- 第20回ゴールデンディスク授賞式本賞
- KBS歌謡大賞今年の歌手賞
- MBC 10代歌手歌謡祭本賞
- SBS歌謡大戦本賞
2007年
- 第22回ゴールデンディスク授賞式本賞
- 第15回韓国人気芸能大賞、新世代歌謡10大歌手賞
2010年
- 第17回大韓民国芸能芸術賞男性R&B歌手
- 第2回コリアジュエリーアワードルビー賞
2011年
- 2011年アジアモデル賞授賞式BBF人気歌手賞
- 2011年保健福祉部長官賞
2014年
- ソウルサクセスアワード歌手部門大賞受賞
- 第22回大韓民国文化芸能大賞K-POP 10大歌手賞
出典など
-
フィソン公式サイト
http://wheesung.com -
Naver Musicのフィソンプロフィールページ
http://music.naver.com/artist/home.nhn?artistId=7577 -
Melonのフィソンプロフィールページ
http://www.melon.com/artist/timeline.htm?artistId=10577 -
나무위기 ナムウィキ 휘성 フィソン
https://namu.wiki/w/%ED%9C%98%EC%84%B1 -
Wikipedia
https://ko.wikipedia.org/wiki/%ED%9C%98%EC%84%B1 -
著書『그래도 나는 ing (それでも僕はing)』
http://www.yes24.com/24/goods/3590950