Googleフォトの余計な機能『この日の思い出』に示唆されるでもなく、今から4年前、2014年8月29日は私にとって記念日です。
毎回振り返ってウザイかもしれませんが、毎年振り返りますよ。
『初渡韓記念日』
『初フィソン実在確認記念日』
フィソン初のミュージカル『ゾロ』の初演日です。
初めて韓国に行って、初めてフィソンを生で見たのです。
ファンになってから、3年が経過していました。
「フィソン一度は生で見たい」「コンサートはいつか行こう」
「でもYoutubeで見ればだいたいわかるし」と
伸ばし伸ばしにしてました。
フィソンが軍隊に入っていたというのもありますが、
自分体調も良くなく、韓国まで行く自信がありませんでした。
渡韓に踏み切る気になったのは、
前も書きましたが、フィソンのはじめてのミュージカルだったからです。
- もう二度とないかもしれない
-
ネットでは見れない
それが私に火をつけました。。
渡韓日1ヶ月前、急いで失効していたパスポートをとり
韓国語で挨拶もろくにできず、ハングルだけなんとか読める状態(読めると分かるは違う)
なんとスマホも持っていなかった、、
劇場にしか行かない弾丸日程で
会場に入って、席について、セットを見ても
「もしかしたら今日は出ないとかだったらどうしよう。。。」と心配し
幕があがって、、フィソンじゃない人たちが出てきて、踊り、、
そして思いもしない場所からフィソン本人が登場した時は
「キャー」
じゃなくて
「ひぇええええええ」
って声が出た気がする。。
フィソン居たんだ、実在した!
まだミュージカルという舞台だったから、テレビ見てるような感覚ではあったけど
間違いなく三次元に存在してる人間だった><。。
・・・4年経っても、今でも鮮明に覚えてます。
そしてあのときの旅行のときめきは、毎年思い出すでしょう。
あのころは楽しいことだけだったなみたいな、切ない気持ちとか。
出待ちも入り待ちもしない、何も何~~~んも知らんかったけど。
女友達と行けたことも思い出深かった。
「また行こうね~」って話しはしてたけど、彼女はなんともうお母さん。
今まだ赤ちゃんなので、当分自分が楽しむ海外旅行は難しいでしょう。
彼女とはコンサート(フィショ)も一度行ったけど、学生でお金ない中、結構無理して行ってくれたと思う。(フィソンは曲を軽く好きな程度だけなのに)
いつか行けたらね、なんて話すだけで、ムリヤリ実行に移してなかったら、私たちは永遠に一緒に行けなかったと思うし、女友達は韓国にすら行ってないと思う。
私は自由な一人も好きだけど、友達と一緒に旅する思い出は一生もの。
ちょっとした買い物、ふと目にしたもの、全部が新鮮で楽しかった。
あんなフレッシュな感覚はもう持てないと思う。
本当にあのとき行くって決意してよかった。
ちょっと無理してでも行って良かった。
・・・のか?
わかりませんが笑
(安定の阿呆さ加減)
おかげで何度も行く羽目に。。
現在まで、渡韓(たった)9回です。
はっ、次が10回記念渡韓ね!
あの日から運命が動き出したのは間違いありません。
毎回、私が思うのは常に「次はないかもしれない」です。
ネガティブな考えかもしれませんが、本当にそうじゃないですか。
来年もある確証ありますか?自分が行ける確証は?世界が存在する確証は?
フィソンもインスタに「次は(後では)ありません、今やりたいことをしてください」って書いてましたよね。
なんか年々体調悪化していくし
来年はもう行けないかもしれない
これが最後になるかもしれない
これからどんどん動けなくなるのだから、動けるうちに、反芻できる体験を作っておくんだ。
そう思って、、
ファンミに行く罪悪感を消す(笑)
まあ年末コンも行くけど(笑)
来年はわからんから・・・
(ということを毎年ごちゃごちゃ言えますように)
韓国、行きやすくてありがとう、、(困る)
あと何回行けるかな、いつか最後の時は必ず来るからね。
一渡韓、一渡韓、大切に、、
つまりは「いいよ~~行っときな~~」と言いたい!笑