Wheesung

『酔いながらトーク』インタビュー訳

カスニムのインタビューが出てましたので訳しました。すっごい時間がかかりました。技術的にっていうより精神的にキツかったです。でも自分にとって重要(笑)

映像もちょっとでてます。

原文はこちらです(下品な広告注意)
[취중토크①] 휘성 ”’안되나요’가 걸림돌? 그것도 내 일부”
①フィソン 『アンデナヨ』が障害に?それでも僕の一部
http://isplus.live.joins.com/news/article/article.asp?total_id=22513008
[취중토크②] 휘성 ”군 제대 이후 오랜 슬럼프, 은퇴까지 생각해”
②フィソン 軍除隊以後、長いスランプ、引退まで考えた
http://isplus.live.joins.com/news/article/article.asp?total_id=22513009
[취중토크③] ‘영어사춘기’ 휘성 ”영어 못하는 게 죄는 아니잖아요”
③『英語思春期』フィソン「英語ができないことは罪ではないでしょう」
http://isplus.live.joins.com/news/article/article.asp?total_id=22513010

良くわからなくてテキトーに訳した部分もあるので、これがモノホンの翻訳と思わずにお願いします。

[酔ってトーク]フィソン「『アンデナヨ』が障害に?それも僕の一部」

歌手のフィソン(本名チェ・フィソン)が変わった。
率直な姿を現すことに対する恐怖が減った。
知らない人たちとの出会いにも慣れてきた。
JTBC『知ってるお兄さん』を通じて一面識もないコメディアンのキム・ヨンチョルと『アンデナヨン』でサプライズコラボレーションを進行したり、
tvN『私の英語思春期』、チャンネルA『宇宙をあげる』など、私生活公開バラエティにも出演した。
酒に酔ってトークをしている間にもリアリティーカメラがくっついてフィソンの日常を観察していた。
外部との接触が増え、周囲からは”性格が明るくなって活発になった”という言葉がたくさん聞かれる。
フィソンは”社会性が比較的欠けた、非現実的な理想を追求する人だったが、最近は客観的に見て現実的に動こうとしています。

「基本的な性格は変わらないが、新たな自分を探し出す過程のようです」と、共感した。

昨年8月末、独立レーベル『リアルスロー』を設立し、所属会社の代表となって生じた責任感のためだそうだ。

自分が追求する黒人音楽をもっと深く
多彩にしたくて始めた事業であり、
初心を探そうという意味でアンダーグラウンドで活動していた当時使った芸名のリアルスローを前面に出した。

マネージャー、映像撮影監督、作曲家2名、後輩アーティスト1名など、養わなければならない家族は多くなくとも、会社の家賃をはじめ、各種の請求書類が瞬く間に押し寄せてくる。

他の人の責任を負うということが、決して容易なことではないということをよく分かったのだからフィソンは変わらなければならなかった。

フィソンは「人生がもっと良くなるとは思いません。
今年37歳になりましたが、この先10年後を想像してみましょう。
きっと今より衰えており、人気もこれ以上得ることもないでしょう。
富はあるかもしれないし、ないかもしれないですね。
分からない未来に依存しないで現実的に考えているから直ちに変化しなければならないんですよ。

今できることを探してその中で幸せになるのが目標です。
今食べたもの、飲んだもの、やっているすべての活動の中で楽しさを見出すんです」と言いながら、香ばしいりんご酒をすすった。

お店は江南の『清潭安』と思われます

-普段から果実酒を好んで飲みますか。

「お酒が本当に飲めないので、りんご酒が楽です。
むしゃぶりついて熱心に飲んでみたいと思うんですが簡単じゃないんですよ。

数日前、家でスンデグクに焼酎一瓶を置いてお膳を用意したのに、焼酎の杯さえないんです。

魔法瓶の蓋で四杯つづけて飲んだら一晩中転がり回ってました。 大騒ぎでもなかったです」

ー飲みにはいかないのですか。

「個人非公開SNSアカウントでライブ放送をやって歌いました。
周りの反応が良くなかったです。
全く記憶になくて「僕は何を言ったのか」と聞いてみたのですが、
知人たちが何も言わないで歌だけ歌ったと言うんです。
他の人たちは「どうしてあんなにつまらない人間がいるのか」と思ったそうです。」

-カラオケのメンバーがいますか。

「1981年生まれの同い年の会があります。 以前は本当にたくさん行きましたね。
キム・テウ、K.Will、コミ、リン、ファヨビ。
81年生まれではないが、ハ・ドンギュンもいます。
お互いに競う雰囲気は絶対にないです。 お酒を飲んで叫びながら楽しむ雰囲気で
僕たちの間では全く耳の保養だと思ったりはしません。」

-レーベルの代表になった後に変わった点があれば。

「これまでプレイヤーとして自分のスケジュールだけ気にかけて暮らしていました。

今は自分が作っておいた枠内にどんなことがあるか一歩離れて見るようになりました。
正しく活動しているかどうか、全体のためのどんな利得があるのか、このように広く考えます。
自らを第三者のように客観的に見ることになりました。”」

-アンダーグラウンドの時の芸名をデビュー17年目に持ち出した理由は。

“リアルスローは好きなジャンルであるスロージャムをリアルにしたくて付けた名前です。
フィソンとして知られていますが、リアルスローというアイデンティティをもっと強調したくて会社名につけました。
フィソンといえばR&Bバラードのジャンルとして受け入れられていますが、これまで行ってきた音楽を見るとバラードが全てではないんですよ。
フィソンの隣に並べてリアルスローをつけて、がんばって広報中です。」

-ヒット曲が活動の障害になるという言葉には共感されるんですか。

「実は理解できません。
他の姿を見せてあげたいのですが、過去のイメージに閉じ込められているようだと思えばそれは仕方がないんです。
でも障害ではないんです。
僕もまた一時『アンデナヨ』から脱するには、どうすれば良いか悩みました。

2002年に発売されましたが、依然としてそのイメージが強烈じゃないですか。
とはいっても、その後にヒット曲がなかったわけではないんです。

『With Me』『Insomnia』『結婚まで考えた』『愛は美味しい』等、そのままの自分の姿をいだいて、その態度で他の音楽も試してみました。
自分と距離を置こうと努力したら、長所まで捨ててしまう残念な選択になると思ったんです。」

-歌唱法に対する変化もありますか。

「基本的に一曲ごとに少しずつ違いますよ。
でも心に決めたものは同じです。
様々な過程を経てその結果物をもう少し聞こえがいいように作ろうとしています。
国内ではサム・スミスのような歌唱法を使ってヒットした歌手があまりないでしょう、その方面に挑戦してみたいです。」

-新しい試みが怖くはないですか。

「すべての人を満足させることができないということは知っています。
韓国は趣向が偏る現象があって、人気不人気のジャンルが比較的はっきりしているでしょう。
もしバラードを一曲ずつ、毎月出していれば、いつかは一曲は当たるんじゃないですか?
でもそのようなことはいつでも出来るから、今はやりたくて追求するジャンル、あるいは面白い仕事をしたいです。」

-キム・ヨンチョルに続き、ホン・ジンヨンとコラボレーションする話も出ていますが。

「『KBS2ハッピートゥゲザー』の収録を一緒にしながら話が出て、その日すぐ曲を送ってくれました。 聞いてみましたが、自信がありません。
僕が歌って良くなる歌もありますが、むしろ台無しにする歌もあるじゃないですか。

この歌が本当はどうかは答えが出ません。 いろいろ思いをめぐらせていますが面白い機会だとは考えています。
僕にはそれなりの刺激になり得るようです。」

それにしても痩せすぎでないかい?大丈夫なの?

フィソン”軍除隊後長いスランプ、引退まで考えて”

-長年のスランプがあったそうですね。

「精神的に大変でした。
軍隊以後スランプが長かったんです。
除隊して間もなくてJTBC『ヒドゥン・シンガー』に出るよい機会を頂きましたが、
自ら絶え間なく証明し、なし遂げることができませんでした。
計画的でもなく、集中力も落ちた時期でした。」

-打ち勝つ方法がありましたか。

「病院にもたくさん通って引退も考えました。
何も考えずに音楽を作ってみたり、
すべてをほっぽってただ食べてばかりで体重がすごく増えたんです。

隠遁生活をしました。
そうしたらふと「僕はこんな風に生きてるけれど、他の人たちは僕のようじゃない」という考えがぴったりきたんです。

僕と関係なく人々は幸せだろうという考えでした。
他の人たちはエネルギーを幸せするために使っていますが、僕はそのエネルギーで自らを壊していたんです。
その足で蹴って出て運動から始めました。」

-どんな気持ちだったんです。

「これ以上、僕が何か大きなことを成すことはできないという考えが最初に浮かびました。
音楽チャート番組で1位になったり、シックスパック腹筋になったりというようなことは、だんだん遠ざかっていくということです。
その後、単純に思いました。
すぐに享受することができることを積極的にしよう、という気持でした。」

-音楽でストレスを解消できませんか。

「一番残念なことに音楽がある瞬間からずっと仕事だったので、楽しさをもたらしてくれる要素がなかったんです。
とても悲しいことです。
音楽を聞いてもそれは仕事で音楽を鑑賞していたのです。
経歴も長くなって音楽から感動を受ける経験も、ますます減少して無くなっていっているんです。
歌手としてだけ活動するのではないので、そういうこともあるんです。」

-作詞・作曲からも多くのキャリアを積んできたのにですか。

「大衆的な音楽に対する悩みがあります。
作詞作曲の依頼が来ると、普通その会社のA&Rチームと疎通して、歌を歌うアーティストと疎通するわけではないのです。
僕は会社が追求する商業性に合わせて曲を作ったんです。」

-著作権料がすごい曲は何ですか。

「すべて予想したものが大ヒットしました。
2010年前後が著作権料の黄金期でした。
オレンジキャラメル『魔法少女』『アイン』など孝行してくれる曲がたくさんありますね。
最近で一番目立つのはAileeの『歌がうまくなった』『Haeven』です。」

-曲をよく作って歌詞をうまく書く秘訣がありますか。

「他の人に与える曲なら、ひねり出せば出せるまま、出来たらできたなりに、そんな気持ちで接近します。
なんらかの目的に合わせているとかえって仕事がこじれるからです。

コミに与えた『愛したから、もういい』は、作曲家の方に絶賛された歌詞なので記憶に残っています。
実は自分で見ても歌詞をよく書けたなと思いました。
自分の歌を作業する時はどうしても目的があります。
僕の6集アルバム『Vocolate』は精一杯作詞したアルバムです。
僕が今書ける最も最高水準の作詞をしてみようという気持でして、満足度も高かったです。」

こんなんされたら食がすすまんわ~(笑)

-バラエティ出演がうんと増えました。

「たくさんしようと思っています。
単純に最初のきっかけは僕の母が(僕がTVにたくさん出ること)を願いました。

僕も会社を立ち上げたので、新しい友達を作っていかなければなりませんが、その友達のためにやってあげられるのはこんなことでしょう。
今は時代が変わって一人で主人公でいられません。
人気のある映画だけ見てもそうじゃないですか。
昔は『ターザン』が出れば、ターザンと女主人公ジェーンを除いては見られもしなかったです、
でも、最近は、ヒーロー物でなくても全てのキャラクターが生きているでしょう。
フィソンが立ち上げたリアルスローでも
一人は無理だからお互いに助け合うんです。」

-『私の英語の思春期』でシティー(都市)のスぺルをSityと書いて話題になりました。

「英語ができないと悪く言われることはないでしょう。
いつかはばれるのに生涯隠して生きることはできなかったんですよ。
自分が得るものが多いという気がして出演を決心して、結果的に良かったです。
その後にテレビ番組の出演依頼も増えました。」

-最後に合コンした外国人女性の方とは連絡していますか。

「合コンは本当に実際の状況でした。
誰が来るのか分からない状況で、女性の方と会いました。
放送以降にネットの書き込みを見ましたが、悪口をたくさん書かれました。
きれいだと言うのが失礼だとは思えませんでした。
その時の雰囲気も良くて、録画後その方が『放送とは関係なく、幸せだと、本心ですよ』と話したんですよ。
それ以上のことはなかったです。その方も会社があるからお互い良く挨拶して終わりました。」

-今後歌うポップソング(洋楽)に期待が大きいという反応が多いです。

「ともあれ歌詞を理解できるようになりました。
前は内容をどんなに理解して歌っても空白があることはあったんですよ。
生涯練習するという考えで英語を学び続けたいです。
『ヒドゥン・シンガー』でモノマネ挑戦者として出たグレッグとは英語でメッセージを交わす間柄になりました。
自分で見ても驚きました。
SMSをこのように交換することは想像したこともないので不思議です。
まだまだ足りない実力ですが。」

-後輩たちのロールモデルして選ばれる理由がありますね。

「僕は事実このような言葉は信じません。
『ハッピートゥゲザー』でWanna Oneがロールモデルだと言いましたが、ただ幼い頃歌を聴いて、歌ったというだけでしょう。
最高とか最初、このような修飾語も事実歌う人には意味がない単語だと思います。
そんな修飾語が生まれたとすれば、一番良いことは、会社にとってだと思うんですよ。
歌手本人もそのような修飾語だけに集中すると、失うものが増えます。
17年間歌謡界で生活しながら大変だった僕が心得たものです。」

-後輩たちに助言するなら。

「昔と比較すれば本当に良くなったが、依然としてアイドルは神のような生活を生きなければならないです。
いつでもどこでも準備された状態でなければならなくて、異性の友達とも会ってはいけないのです。
よく区分しなければならないようです。
大衆が見るのは芸能人の姿であり、本物の自分を取り出してはいけないのではないでしょうか。
今の人気を長く享受できるようにするのが重要なようです。
与えられた配役の中で権力を享受できるものは享受して生きる道を望みます。」

・・・ふ~疲れました!笑

私はこのインタビューを読んで悲しくなることと共感できることとがありました。

悲しくなったことは、フィソンが大衆の前に本当の自分を取り出してはいけないと思っていることです。
私は大衆ですから、カスニムの本当の姿を見てるわけではないんだなと。

あと15年に引退を考えてたっていう話は何度聞いても背筋が凍りつきます。。

共感できることはフィソンにとって「歌が楽しみをくれるものではない」ということです。

私も「フィソン好きになって楽しいと思ったことがあまりない」というと皆にビックリされたり「じゃあやめればいいやん!」ってなったりするのですが、そういうことじゃないんです。

(ペン活を)やらずにいられなくてやめることができないんです。ストレスが多いです。好きってそういうことじゃないでしょうか。。

わかるかなぁ。。。

それと、未来に依存しないで、現在享受できるものの中から楽しみを見つけよう、っていうのはおっしゃる通りで本当にそうすべきだと思います。

でも自分に置き換えると、、いや、たしかに楽しいよ、楽しいんだけど、こんなんしとってええんかなぁ、、不毛ちゃうんかな?という気持ちからも抜けきれません!教えてフィソン先生!(いや教えてくれなくていいです笑)

いつもカスニムのインタビューには心がざわざわします、まあそれを含めてというかそれが好き要素だからしょうがないんですけどね。

活動ご活発でやることいっぱいあるけど、マイペースで行きます。。

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