翻訳記事:フィソンの才能を悟らせてくれたアルバムたち 後編

この記事で毎日連続更新35日目になります。数えたことないからこれが初のことなのかどうかは分かりません(笑)
1日2記事以上更新してた時もあるみたいだから、別にすごくはないんだけど、とりあえず継続カウントすると1日でも休むのがはばかられるので、これからカウントアップしていこうかな。

カスニムの行動がないと、書いても書いても需要が発生しなくなっていくのが悲しいところㅠㅜ
モチベーションとの戦いです。。

インタビュー記事後半

昨日に引き続き、こちらの記事のインタビューの後半となります。
http://music.naver.com/todayMusic/index.nhn?startDate=20090427

フィソンが選択した3枚目のアルバム:ユ・ヨンジンの[Blues In Rhythm Album]

1993年に発売されたユ・ヨンジンのデビューアルバム。

「このアルバム出す前にシングルがありましたが、その中ににある『In the Still of the Nite』(Boyz II Menの『In the Still of the Night』をカバー)を聴いてびっくりしました。

もどかしいボーカルというものに初めて出会ったからです。このミュージシャンは歌、ダンス、ファッションなどの3拍子を本当によく取り揃えていると思いました。

僕は特に息がつまるほどダンスに夢中でしたが、TVでユ・ヨンジンがバラードを歌いながら空中ターンをするのを見て、彼のファンクラブに入るまでになりました。

僕は学生だった頃、音痴で、練習パートナーと一緒に歌を歌えば、いつもキーをはずして先生にたくさん叱られていました。

ヨンジン先輩が好きで『君の香り』という歌は1万回は聴いたと思います。どの部分にどのような楽器が出てくるかも全部覚えました。
ある日授業時間に歌う機会があって、この歌を歌ったんですが、別の教室の英語の先生までやってきて後ろに立っていました。

音痴というレッテルはその時はがれましたね。その時、僕には才能があることに初めて気付いたんです。」

유영진- 그대의 향기

フィソンが選択した四枚目のアルバム:デュースの『Deuxism』

1993年に発売された男性2人組デュースの2集。

「少年時代、私の唯一の精神的避難所であり、支えとなってくれたアルバムです。

僕が踊りながらラップをして歌うスタイルの歌手として初めて認識したのは『デュース』が初めてです。

『デュース』はユ・ヨンジン先輩の次にとりこになったミュージシャンで、彼らの2集は、英語のラップまで息一つ漏らさないくらい記憶したほどでした。

『デュース』は、男性の気持ちを代弁するようなスタイルでした。ソテジが啓発的で模範的なら、『デュース』は、現実的で批判的な傾向で先頭に立っていました。

僕にとって『デュース』はそのような面から、より多くの影響を受けたミュージシャンです。

僕は思春期に辛いことが多かったので、余計にそうだったのかもしれません。このアルバムは、僕を完全に覚醒させたアルバムです。」

듀스 (DEUX)  우리는

https://youtu.be/HhS3n2Iz6h0

フィソンが選択した5枚目のアルバム:Az Yetの『Az Yet』

『Boys to Men』と『All-4-ONE』をつなぐボーカルグループとして評価される『Az Yet』の1996年作品。

「最も感じやすい年頃、感受性に濃い刺激を残したアルバムです。

『R&Bポン(뽕)』の原点となるアルバムと言えるのではないでしょうか。
(뽕が良くわかりません><)

どのようにすればポン(뽕)ができるのかということを確実に教えてくれたアルバムです。

これまで聞いたR&Bの中で最も韓国的な匂いを放つ音楽だと思いますね。

韓国でR&Bをする際、は、絶対に排除することはできないのが『뽕끼(ポンキ)』ですが、『Az Yet』のようなポン(뽕)を生かすことができれば、進歩して洗練された味を醸し出すことができるのではないかと考えました。

(※뽕끼(ポンキ)韓国演歌(トロット)特有の雰囲気・感性のことを指す大衆歌謡俗語らしいです)

個人的には、『Boys to men』よりはるかに歌が良いと思いますし、すごくオーラがあるグループとして記憶しています。」

Az Yet – That's All I Want

僕はいつも表現に飢えている

フィソンが持っている性格の中で最も独特な点は、何かにハマると抜け出せないというところである。

「ハマるための」条件には平凡なことがあってはならないという前提が含まれている。

彼には、映画を見て、お酒を飲んで、おしゃべりをするという『行為』には最初から関心がない。

「ですから、いつも飢えているという考えでいました。僕はいつも表現に飢えているので、創作の材料となるものだけを見たり聴いたりすると強くハマリこむスタイルですね。

僕は音楽をするとき、人々には『あいつは一時(いっとき)たりとも同じ位置にいることを嫌がる』と思ってもらいたいんです。」

フィソンは「原始的なことに常にこだわるような、食傷気味になるようなことをしたくない」と言い、

「いずれにしてもさっき習ったことはすぐに実践するようにしたい」ということだ。

来たる7月末頃、6集を出すフィソンは「今後出すアルバムは、セルフプロデュースの形式になるだろう」と耳打ちしてくれた。

これまで自分の意志が反映されていない音楽が多かったせいで、受けた傷も多かった彼だ。

今年一年勉強をして、成長し、熱心に活動するミュージシャンとしての気持ちを引き締めたフィソン。

彼に終わりはない。課程があるだけだ。

課程の中での血の出るような努力だけで、彼を賞賛する義務が私たちにはあるのではないだろうか。

記事以上


ユ・ヨンジンさんといえば私が言うまでもないですが、SMエンターテインメントの偉い様(えらいさま)です(正式な地位を知らないので。。汗)。
フィソンは一時SMの練習生だったこともあったんですよね?(誰に聞いてんの?笑)

フィソンは、ユ・ヨンジンさんの大ファンで、番組収録とかも行ったりしたんだそうです。周りは女の子ばっかりの中、男一人でユ~ヨンジン!!って声援を送ってたそうです。
「だから僕はあなたたち(追っかけファン笑)の気持ちもわかるんですよ~」ってコンサートで言ってました。

フィソンが『君の香り』をフルで歌ったのを私は聴いたことがありません、ワンフレーズアカペラで歌ったのはYoutubeで見たことがあるかな、あれ?直接聴いたっけ?記憶が鮮明すぎて現実に思えるけど??笑

スローなR&Bも良く歌いますし、その一方でラップミュージックも上手く歌いこなします。本当に幅広いジャンルにアンテナを張っているなあと思います。

フィソンが黒人のR&Bを韓国的なテイストで歌いたいというその気持ちが結集したのが6集だと思います。

6集はもっと評価されていいアルバムだと思うんですが、逆にいえば”フィソン的な曲(With Meや不治の病みたいな)”がない、それを期待していた人にとっては、物足りないと感じたのかもしれません。

フィソンは「同じような曲を歌うのは嫌だ」と常々言っていました、といっても私が聞いた(読んだ)のは6集を出した前後くらいで、今もそう思っているのかはわかりません。

今はもう少し肩の力を抜いて楽しんで取り組んでいるんじゃないかな?という気もしますし、そんなようなことをライブで言っている気もします。
もっと聴き取れるようになりたいですね。。

でもこういうカスニムの思想を知るのは大好きです。自分の仕事にも反映したい気持ち。。

何にしろ、学ぶことの多い記事でした^^

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