Wheesung

翻訳記事:フィソンの才能を悟らせてくれたアルバムたち 前編

郵便局に行って82円切手と5円切手と3円切手を買いました。

すると「いつも韓国に出されてますよね? 8円切手があればこんなにいっぱい貼らなくてもいいんですけどね~^^」
って言われちゃいました><

覚えられてました><!

一見韓国好きそうなマダム局員さんでした(笑)

ハングル読めませんように!!!もう窓口でだせない><!!怖い!

今日はおてまみ出してないのでセーフです、こんどからできるだけポストで出そう。。

さて今日は、ちょっと趣向を変えて、過去のネット記事の翻訳をしてみます。
昨日、ロックなカスニムのことを書いて、そういえばフィソンがロックのこととか書いてた記事あったけどまだちゃんと読んでなかったっけ。。と。

思い出して。

訳し始めたんですが、時間かかってしまた><
なので今日は前編ということで、半分だけ載せます。

こちらの記事になります。
http://music.naver.com/todayMusic/index.nhn?startDate=20090427
日付は2009年4月27日になっています
6集が出る少し前ですね。

いつものことながら、私の拙い訳ですので、その点ご了承の上お読みくださいね。

多彩な表現力のR&Bボーカリスト、フィソン 『僕の才能を悟らせてくれたアルバムたち』

パワフルな歌唱力とカリスマあふれる音色、フィソンのおすすめの音楽に出会ってみましょう。

フィソン(27)に電話をかけたところ呼び出し音がソン・ダムビの『土曜の夜に』だった。
「ちょっと意外だね」というと、彼は「メロディが好きで選びました」といった。

손담비 – 토요일밤에

(컬러링:着信音のこと、最初にサービスを始めた会社名だそうです)

その瞬間、それまでフィソンとした多くのインタビューを思い出した。

R&B(リズム・アンド・ブルース)とソウルに重点を置いた初期の頃、そしてポップとダンスでもそれなりの哲学を見せてくれた中期の頃、そしてリメイクや、ゆらゆらとしたスロウジャムまで、あれこれ手を広げ雑食性ジャンルを消化した今日に至るまで、彼にはいつも変化という単語と出くわしている。

変化の土台には、蓄膿症が重要な一役を買った。蓄膿症のために生じたクセはそのまま声や歌唱法の研究につながり、その日のコンディションによって出てくる声も違っていた。

「鼻のために、他の歌唱法を研究していると、いつの間にか女性の歌唱法まで駆使するようになりました。そのためか出したい音を思いのままに引き出すことができる能力を獲得したようです」

彼はロックの精神ともとに、R&Bとソウルを主な武器として、ポップとダンスを楽しく駆使することができる、数少ないボーカリストであり、ミュージシャンである。

彼の声に感嘆する貫禄あるミュージシャンは大勢いると同時に、音楽に対する彼の過剰な執着を叱咤する関係者もたくさん見てきた。
彼は「昔も音楽に狂っていて、今も狂っている、狂人」と、自信を表した。

『ミュージシャンチョイス』に対する彼の今週のテーマは、『僕の才能を悟らせてくれた音楽』である。

もし、これらのアルバムがなかったら、フィソンはどのような歌手で、現在も生き残っていただろうか、どんな評価をうけていただろうか。それだけ彼が選択したアルバムが与える意味と効果は、現場で自分自身が歌うこと以上のものがある。

彼は「僕の能力への直接の勉強となる音楽に言及する方(??)」
「僕の音楽人生には、これらのアルバムが無意識に作用している」と言った。
今日のフィソンをこのようにしたアルバムを介して、フィソンを再確認するきっかけになることを願って。

文:キム・ピョン(大衆音楽専門ライター)

フィソンが選択した最初のアルバム:Joe 『My Name Is Joe』

Joe 『My Name Is Joe』 Intro

「このアルバムで僕が変化の時期を迎えました。
高校3年生の時まではほとんど歌の練習に明け暮れていましたが、ある程度結果が出なければ食事をするのも眠るのも嫌でした。
歌をやめているときは本当に死にそうでした。地下鉄でもバスでもどこでもいつも、常に口ずさんでいました。
そんな当時でも、男性ボーカルがセクシーだと言う感覚を受けたことがありませんでした。
ところが、ナオル(ブラウンアイズ)先輩のおすすめでこのアルバムを聴いて、男でもセクシーに歌うことができることを初めて知りました。
僕が鼻声で魅了するタイプなんですが、このアルバムが『歌はこうすべき』という命題を与えてくれました。
表現の範囲をたくさん広げたアルバムと言えます。
以前から、R・ケリーのようにダーティで低音な方に関心を多く持っていましたが、ポップスタイルのJOEは例外でした。
愛を非常に甘くよく表現するミュージシャンですよね。」

R Kelly – I Believe I Can Fly with Lyrics

フィソンが選択した2番目のアルバム Rage Against The Machine 『Rage Against The Machine』

政治的性向が強かったハイブリッドロックグループ「レイジ・アゲインスト・ザ・マシーン」の1992年デビュー作。
「僕のステージでの情熱の目的は、ロックです。
ロックを楽しむことが出来ない場合は、ステージを理解出来ていないと思いますよ。
ヒップホップの傾向が強いこのロックグループは、ライム(?)に忠実なラップをしながらも、自分たちの色が強く出ています。
ロックを逸脱しながらも、ロックの垣根で魅力をしっかりと見せてくれたグループだったわけです。
メッセージ自体も面白かったんですが、僕は当時は何かを把握したというよりは、気持ちを理解しながら好きになりました。
これが真の自由がないという考え?
世の中に絶対存在しない音を出すギターを聴きながら(特に言葉にならないようなギターバリエーション)新しい世界が到来したという感覚を受けたんです。
僕が初めてバンド活動をしていたとき、ステージで初めて歌った曲も、RATM(Rage Against The Machine)の96年のアルバム 『Evil Empire』の『People of the Sun』でした。」


ふぅ~なんか学術的になると訳がさらに難しいわぁ><

不勉強な私はJOEも初めて知ったんです、でも聴いたことありました、バンバンかかってた気がします。名前も知らずに、特に知ろうともせずにBGMとして過ごしてきてましたね。
フィソンきっかけで、興味を持ちました、持ちました、が、スロージャムはカスニムの口から聴きたいんです!他の人に浮気しません!笑

フィソンがレイジアゲインストが好きだと言うのもこの記事を見て知って、最初は意外でした。(いつ発見したんだったかな~、、かなり前です。)
私ちゃんと聞いたことはないんですが、知り合いの男子が持ってたアルバムジャケが怖かったなぁ~。。笑

デビュー前、高校時代に組んだロックバンドでこんな曲を歌っていたんですね、フィソンの原点がここにあるんですね。
まだまだ私の知らないフィソン。。

明日に続く

↓よろしければクリックしてくださると、更新の励みになります
(カウントするだけで、個人情報の収集やシェアなどはいたしませんのでご安心ください。)
  • 読んだよ (20)
1