Gochild

私とブラックミュージックその2

今日はうでぃの動きなしです。動きがないと心は穏やかかもしれないけどさみしい。数日に1回は動きあるんだから贅沢な悩みですよね。今日で好きになって60日です。約2か月。まだ2か月?というくらい濃厚に好き進んでいます。

私とブラックミュージックその2

昨日に引き続き、やってまいりたいと思います。需要なんて気にしません。

浪人時代

昨日もちらっと書きましたが、私は大学浪人しています。芸大美大を受けたのですが公立私立全落ちしたんです。一緒に美術研究所に通っていた友達たち(全員浪人)たちと、絵はそこそこに遊び歩く毎日となりました。

で、80年代ディスコというと、まずユーロビートを連想されるかと思いますが、私はユーロビートが大嫌いでした。ユーロを踊る人たちの振り付けみたいな踊り方も嫌い。でも今聴くと懐かしいですけどね。。マハ○ジャもペ○ワンペ○ツーも行きましたが私には合わなかった・・・

で、ユーロがずっとかかってると、私はDJの人に「ヒップホップかけて!!」とつめよりました。さぞかしウザかったと思いますが、意外とリクエストに応えてくれる場合も多く、ヒップホップになるとフロアから人が消え、私たちの仲間内だけで楽しく踊ってました。今思うとあの1年が一番幸せな一年だったかもしれません。

曲的には昨日ご紹介したのと同様の感じです。あとブラックミュージックじゃない曲でも好きなのは多かったですが今日は割愛。

大学時代

私は絵の才能がないことを認め、進路を教育美術にしたところ今度は全て合格し、ハマの大学に入りました。仲間も何人か東京に進学したので、東京にもよく遊びにいきました。

いろんなところに行ったのであまり覚えてないんですが、ハマのディスコではサーカスというところがブラックミュージック系が結構かかるので曲は好きでした。ただ、米兵が多く、、当時私はめちゃくちゃモテたので(人として尊重されてモテたのではなく、蛾のメスみたいなもん)しゃれにならない争いごとモメごとが生じたりしてめんどうくさくて、、

浪人時代のように男女入り乱れて何人ものグループで行動できたわけじゃなく、女だけか単独行動が多かったのでしんどかったですね。

とにかくメスが一人で踊ってるとオスが寄ってきます(悪い表現ですが動物の本能ではありますよね)。しかも私は今でいうビッチ系のボディコン(今再現される肩パットのあるようなボディコンでなく、ビッチピチのゴムみたいな服)でビ○チビ○チとかプ○シープ○シーとかいう曲に合わせてくねくね踊っていたので、誘ってると思われても仕方ありません。。

ほんっとう~~~~に面倒くさかったです。出会いを求めてないんで・・・ダンスに何を求めていたのか?

それはただ陶酔です。

私にとって音楽は陶酔するのためのもので、それがヒップホップだろうがなんだろうがなんでもよかったんです。

19歳の年末、芸能人の友達(オンニ)にマイケルの東京ドーム公演に連れて行ってもらいました。

なんで私ブラックミュージック好きなのに、マイケルはそんなに思い入れがないんだろ?Beat Itとかあの頃のマイケルは好きだったな。ただちょっと私のテイストとは違う感じがします。(その点、マイケルが一番好きなうでぃと共感できてないのがちょっと悔しい。。)

この辺で曲を1曲くらい紹介しましょうか・・・

この曲のジャンルが何なのかもわかりません。歌としてメッセージ性があるものよりも、単調でビートにのせてるだけみたいな音楽が好きだったと思います。音楽について構えて聴くということがなかった。

ダンスホールレゲェ

実はヒップホップ系からは離れて(ヒップホップの男も摘発されたことだし)、私がハマったのはダンスホールレゲェでした。これも一応ブラックミュージックですよね。歴史とか知りませんが、レゲエもヒップホップのルーツの一つだという話も目にしたことがある気がします。

行きつけのディスコ、、だんだんクラブに代わってきましたが、でかかる曲もソウルやヒップホップからダンスホールレゲエにシフトしてきました。私は音楽にはノンポリだったので、かかってる曲が好みなら何でもいいのです。

レゲエ・ジャパンスプラッシュも友達と行きました。ライブの前のほうじゃなく、横の空いてるスペースにござをしいてみんなでピクニック気分でした。

で、当時特に気に入ってたのがタイガーというシンガーでした。(韻を踏んだw)めちゃくちゃステージも良くて

Youtubeで私が聴いてたた曲を見つけられなかったんですが(タイトルとか知らないし)

今聴いてみたら、なんかすごいうでぃっぽい・・・私が思うだけかもしれませんが、どの曲のどの部分似てるとかじゃないんですが、グルーヴ感がすごい似てるというか、、私はこういう系好きなんだなーと思います。

そののち、日本でスチャダラパーとスカパラが登場し、ブームとなりしばしそれにはまりました。日本語ラップはスチャダラ以来聞いてませんが、スカはいろいろ聴きました。スカパラのコンサートも行きましたがその話はまた(今のスカパラはあんまり…)。二組とも今も活躍しててすごいですよね。

90年代

振り返るとヒットした曲たくさんありますよね

Now That We Found Love Heavy D

私は卒業して地元に帰らず、名古屋に住むことになりました。名古屋にはいいクラブがあるんですよね。名前を出すのは控えますし今もあるのか知りませんが、フロアによって曲のジャンルを変えていて気分によって移れるのがすごくよかったです。たしか3階がブラック系のフロアだったと思います。

時期は前後しますが、私がめちゃくちゃ好きだったのが、シャバランクスです。

珍しくCDも買いました。インドに行ったとき、この曲がなぜかずっと頭を回っていたんです。ひどい放送禁止歌詞だと思うんですが、外国語だと婉曲になっていいですね。

Youtubeに飛ばないと動画見れないと思いますが、これに出てくる女性と同じような恰好で(普段着が水着同様w)同じような動きで踊ってました。こりゃあかんわって感じですよね。

その後、定期的にくる謎のワールドミュージックブームがきて、

この辺になると、ブラックミュージックなのかもわからなくなってきました。

そして、フェイスレスのInsomnia

この辺から私の好みが、ブラック系からトランスにシフトしてきました・・・小学校のときからテクノは好きだったんですけどね。

海外で競技の修行をするようになってからは、ずっとトランスばかり聞いてました。

2000年

R&Bも聞き始めました。

この曲は自分の試合の入場曲につかったことがあります笑

私はほとんど曲の歌詞というのを気にしたことがないのですが、これらのR&B曲は歌詞がいいなと本当に思います。ヒップホップからはなれるのでこのへんにしておきます。

トランスに流れた私をもう一度ヒップホップに戻してくれたのがBlack Eyed Peasです。(ヒップホップと言えるのか?)

これは欧州でのトレーニングのときにずっと流れてて、今でもその時の疲労感みたいなのが体感で思い出されます。

ですがその後、レゲトンを聴くようになり、、(レゲトンはブラックミュージック?)

さらに、Hed Kandiとかのハウスに流れていき、、、

そして2010年に韓国の音楽と出会い、2011年にふぃ歌手さんにハマりました。

2017年にうでぃの音楽を知り、2021年にうでぃに落ちました。

・・・ブラックミュージックだけに絞ると、ちょっと話がバラバラになった感がありますけど、今思い出すとそんな感じできました。ちゃんと年表作ろうかな。浅い歴史だがな!

得るものぜんぜんなくてみあねー!

サムネ用のうでぃ写真です笑、目を大きく開けるとちゃんと白目が見えますよ。

文字は「お箸を持たずに来ちゃった #ストロー」(롤はlol 笑かー)と書いてあります。

うでぃかわいー

今日もうでぃが可愛い💛

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