Gochild

私とブラックミュージックその1

今日うでぃはストーリーをUPしました。社長が#stopasianhateの投稿を挙げたことに賛同したものです。

社長はアメリカ国籍でもあり、今も親戚がアメリカに住んでいるということで、この件に関しては人一倍心を痛めているでしょう。ハイヤーは(というかラップというものがそうだと思いますが)社会へのメッセージを発信する役割を担っているんですよね。

はっきり意見を表明して、芯がしっかりしてるなって思います。社長は本当に素晴らしい人だと思うし、自分の好きなアーティストがそこに所属して、心を共に活動していることを誇りに思えます。そして私も同意します。

私とブラックミュージック

今日は趣向を変えて?というか、昨日夜中突然、私はどんな曲を聴いてきたんだっけと調べだして止まらなくなりました。

うでぃは「お母さんがブラックミュージックを好きな影響で音楽を聴くようになり・・」と言ってます。それなら、わ、私も(お母さんに対抗すなって感じですが笑)ということで、どんな曲を聴いてきたかご紹介します。

あ、そうそう、うでぃが17歳のころの写真をもう一枚見つけました!

めちゃくちゃかわいくないですか?大学祭で歌ったときに着てた象のTシャツ着ています。結構着回しするうでぃです。

では話を進めます。

私は特別音楽に興味があったわけではないですが、広く浅く聞いてきましたのでジャンルを絞らないと大量になってページが重くなるので今日はブラックミュージックだけに絞ります。

小学校時代

私とブラックミュージックの出会い?は家にあった『Earth Wind & Fire』のレコードでした。小学生のころかな?父親が異様に高価なオーディオセットを持っていました。でも家で聴いていた覚えがあまりない。

これだと思うんですが、実は怖くて聴けませんでした。ピラミッドとか描かれてるし・・・なにか怪しいレコードだと思ってました。

ただ、父はこのレコードを私に見せて「こいつらめちゃめちゃ稼いでるんだぞ」と言っていたのだけ覚えてます。

中学時代

中学の時父親が死んで少し頭がおかしくなった私は、高校の素行の悪い先輩たちと遊ぶようになります。(中高一貫の学校だった)そしてディスコにも通うように。もちろん未成年だから当時でもダメですよ。でも行ってました。

そこで、アース(Earth Wind & Fire)の曲を知ります。

Let’s groove や、Septemberなど、好きな曲ばかりですが、私はやっぱりファンタジーが一番好きですね。そして黒人が歌っていたこと、奇抜な衣装などを後で知ってびっくりしました。(当時はテレビを禁止されていたので、音楽番組など見たことがない)(学校は名古屋方面に電車で行っていたし、補習で夜遅くなるのは普通だったのでディスコに行ってもバレなかった)(本当にばれてなかったかは知らないw)

あと、

Cheryl Lynn の Got To Be Realとか、当時のことをすごく思い出します。とはいえ当時は、曲名も知らないしネットもないし、知る由もなかったんですけどね。

後々もっと成長してDJとかと話せるようになってからいろいろ聞いて知りました。ワッチュファ~~インナッっていう歌何?とか聞いて笑

あとはソウルトレインとか、ダイアナロス、ジャクソン5とかももちろんかかってましたね。白人の流行ディスコ曲もかかってましたが(当時は80年代ですから)ブラック系がなーんとなく自分は好きだなーというのはありました。

高校時代

ここではじけます。私は中高一貫をやめて美術科音楽科のある学校に移ります。普通科もあったんですが、美術音楽の人たちはとにかくクセがすごい。変な人たちばっかりです。

それでいろいろ曲を聴くようになって、私は彼氏(学校の先輩)の影響でまずインディーズやパンクにハマりました。しかし先輩は卒業し、遠距離と相成りました。

そこで(卒業前だったかもw)以前書いたことがある(覚えてないでしょうけど)ヒップホップの男(アーティストではなく、素行がGang)と仲良くなり、そこで出会ったのがランDMCでした。

本当にこういう格好をしていた人たちが実在。

当時実はヒップホップの男のほかに、後輩のハードロックのギターをやっている子ともつきあっており(三股です、自分からいったわけじゃないですよ?でも最低ですね、ですが大丈夫、私はあとでものすごくひどい目にあうので安心してください)

私はハードロックは好きじゃないなーと思っていたんですが、このラップとハードロックの融合は本当にかっこいいな!と思い、ハードロックも見直しました。ちなみに今の私の家族もハードロックのギターをやっているのですが、ハードロックのギターの人は性格の優しいまじめな人が多いですね(調査2名)

アルバムはヒップホップの男にダビングしてもらい、擦り切れるほど聞きました。当時、ディスコに行くには基本名古屋まで電車で行っていたのですが、なぜか私の住んでいる田舎(怖いので言えない)にブラックミュージックばかりをかけるディスコがあり、そこにヒップホップの男も常駐しており、本当に入り浸りました。

そこで、ランDMCより一番印象に残っている曲がこれです。

AFRIKA & ZULU KINGS の The Beach

わー、これ聴くと今でも踊るわ・・

あとCameoのWorld UP、当時の中では一番好きかも?

ぐわー貼っててめちゃめちゃなつかしい・・・でも基本的にメジャーミーハーなのしか知りませんです。

あと、学校で話題になっていたのは、いとうせいこうの建設的というアルバム

日本語ラップの草分けといわれているんですね。私は今は日本語ラップはほぼ聴かないのですが、普通にかっこいいと思っていました。

このアルバムはラップだけじゃないけど、大竹まことの俺の背中に火をつけろは名古屋のディスコでかかるとめちゃくちゃ盛り上がりました。

・・・とにかく楽しく遊び歩いていたですがその生活も長くは続かず、私は受験もあり悪いお友達から逃げました・・・が、バチがあたったのか浪人し(罰はそれだけじゃ済みません)、名古屋に住むことに。

ところが私はさらに頭がおかしく、下宿(その名とおり、部屋のまた貸しをしてくれる下宿)に帰らず、予備校(美術研究所)もおろそかに、ディスコに入り浸るのです。

ブラックミュージックの話にするつもりが、私の素行遍歴の話になってしまった笑
私にも17歳のころはあったのであります。

書いていて眠くなってきたので今日は寝ます、、また明日、書くかな?何もなければ・・・

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